日本にいた頃は、人間関係ってこう……少しずつ、時間をかけて、ゆっくり信頼を築いていくものだった気がして
ところが韓国では、なんというか、そんなじれったいステップを全カット。
「この人、ちょっと気が合うかも」と思った次の瞬間には、フォークリフトでグイッと自分の内側まで運び込まれているような勢いがあるんです。
最初は、「えっ、私たち、そんなに仲良かったっけ?」と本気で戸惑いました。
でも、韓国で暮らして10年以上。
今では、この距離感にもすっかり慣れ……たと言いたいところですが、いまだに、「え、なんで??」と思うことはあります(笑)。
ただ、昔とは少し見方が変わりました。
近づくのが早い。でも、離れるのも早い。
最初はその振れ幅についていけませんでしたが、10年以上暮らしていると、最近では少しだけ見方が変わってきました。
今回は、そんな韓国の人間関係の「近さ」と「ドライさ」の不思議について、私の体験を交えながら書いてみたいと思います。
いきなり聞かれる「何年生まれ?」
韓国で「距離、近っ!」と思う瞬間のひとつが、年齢を聞かれるときです。
そう、「何年生まれ?」。
日本では初対面でいきなり年齢を聞くって、そこまで一般的ではないですよね。
特に大人になると、ちょっと聞きづらい話題でもあります。
ところが韓国では、年齢を確認することが、その後の呼び方や言葉遣いにも関わってくる。
だから「何年生まれ?」は、これからの関係性を決めるための、かなり重要な確認事項なんです。
「同い年だね」「じゃあオンニ(お姉さん)だね」なんて関係性が決まると、そこから距離がグッと縮まることもあります。
日本だったら、知り合って、何度か話して、「この人とは仲良くなれそうだな」と少しずつ距離を縮めていくところを、韓国ではそのあたりのギアチェンジが早い。
そして、いったん仲良くなると、「今日何してるの〜?」「ご飯食べた?」と日常的に連絡が来たり、多めに買ったお菓子があれば「これ持って帰って〜」と渡されたり。
困ったことがあれば、頼んでもいないのに自分のことのように心配してくれたり、時には一緒になって怒ってくれたりもします。
めんどくさいなと思うこともあるけれど、そのお節介なほどの温かさがありがたかったりもする。
仲間になった瞬間の情の厚さは、本当にすごい!
これが韓国の人間関係の、私が好きなところでもあります。
距離が近くなると「そこまで頼む?」もある
そういえば、韓国に嫁いだばかりの頃にも、「距離、近っ!」と思った忘れられない出来事があります。
まだ夫の親戚のこともよく分からない時期、「日本に旅行に行きたい」という話の流れから、なぜか私に白羽の矢が立ちました。
理由は、「嫁が日本人だから」。
……いや、待って。日本人だからって、みんなが旅行ガイドできるわけじゃないんですよ(笑)
しかも、お年寄りから子どもまで、家族全員で行くという話。
まだどんな人なのかもよく分からない親戚一同を連れて、日本を案内して、移動や食事やら何やら全部気を配る。
私にはそんなバイタリティも気遣いも持ち合わせていないし、そもそも普通に無理(笑)。
なので、そこはかなり早い段階で「ごめん、それはできない」とお断りしました。
すると、その後、なんとなく親戚との距離が遠くなったんです。
「やっぱり断ったからかな」と当時は思いましたが、今振り返ると、これも韓国の人間関係を知るきっかけのひとつだったなと思います。
もちろん、この方がたまたま豪快だっただけかもしれません。
ただ、距離が少し遠くなったとしても、今となっては「まあ、それはそれでよかったのかな」と思っています。
もし親戚一同の日本旅行を毎回アテンドするような関係になっていたら、私の人生、かなり忙しくなっていたはず(笑)
「嫌われたかも」と必要以上に気にするより、「このくらいの距離がちょうどいい」と思えるようになったのも、韓国で暮らして身についた感覚なのかもしれません(笑)
ちなみに、こういう「相手との距離感を察する」感覚は、韓国の「ヌンチ(空気を読む)」にも少しつながっている気がします。
あんなに仲良くしていたのに、急に連絡が来なくなる
韓国の人間関係で最初に戸惑ったのが「距離が縮まるスピード」なら、次に戸惑うのが、その距離が戻るスピードです。
昨日まで毎日のように連絡を取り合っていた人から、急に連絡が来なくなるという。
たとえば、子どものクラスが変わった。引っ越した。習い事の時間が変わった。学校が変わった。
そんなちょっとした環境の変化で、それまで頻繁に連絡していた人と、パタッとやり取りがなくなることがあります。
最初の頃は、これがよく分かりませんでした。
「あれ? 私、何かした?」「あのときのあの発言、まずかったかな?」とLINEを見返して、「あの返事、ちょっとそっけなかったかな?」なんて気にしてしまう……私だけでしょうか(笑)。
でも、あるとき夫に「なんか、あの人から急に連絡来なくなっちゃったんだけど」と話したら、「ああ、引っ越したからそうなるかもね」と、夫はさして気にしていない様子。
「え、そんな感じ?」と、こちらのほうが拍子抜けしました。
私にとっては「人間関係のモヤモヤ」なのに、夫にとっては「生活圏が変わったんだから、そりゃそうでしょ」くらいの話だったんです。
ここで少しずつ、「もしかして、私が考えすぎていただけなのかな」と思うようになりました。
人間関係の「出入り口」が広い
ここまでの経験を振り返ってみると、韓国の人間関係には、ひとつ特徴があるように感じています。
それは、人間関係の「出入り口」が広いこと。
人が入ってくるのも早ければ、出ていくのも早い。
そして、それを「大きな出来事」として捉えていないように見えることがあります。
子どもが同じ学校に通っている間は、毎日のように会って、一緒にご飯を食べて、子どもの話をして、ものすごく仲良くなる。
ところが、学校が変わったり、引っ越したりすると、それぞれの新しい生活に合わせて人間関係も変わっていく。
「前の人間関係を切った」というより、今の生活に合わせてコミュニティが入れ替わったという感覚に近いのかもしれません。
だから、一度入ったグループから抜けることも、そこまで大ごとにならない。
「じゃあ私は抜けるね〜」と適当な理由を伝えてさっと抜けて、周りも「あ、そうなんだ」くらい。
そして、また何かのきっかけで戻ってきたら「久しぶり!」と普通に受け入れる。
この「出入りのしやすさ」は、最初はかなり新鮮でした。
10年住んで、分かった距離感
あのときは、あのときで本当に仲が良かった。今は今で、それぞれの生活をしている。
前の関係が嘘だったわけでもないし、あのときの情が偽物だったわけでもない。
ただ、環境が変われば、人間関係も変わる。
そう考えると、韓国の人間関係って、ジェットコースターみたいだなと思うことがあります。
一気に近づいて、ものすごく盛り上がって、仲間になればとことん面倒を見てくれる。
かと思えば、環境や立場が変わると、今度は一気に距離ができる。しかも、アップダウンだけじゃなくて、スピードも速い(笑)
私は日本人だからなのか、こういう人間関係を横から見ていると、「うわぁ……私、こんなジェットコースターには乗れないなぁ」と思ってしまう。
でも、韓国で生まれ育った人たちは、こういう人間関係の中でずっと生きている。
そう考えると、「韓国の人間関係も、実は結構複雑で大変なんじゃないかな」と思うんです。
近いときにはとことん近くなるからこそ、関係が変わったときには、また新しい距離感を作らなければならない。その上、相手の気持ちや空気も読まなきゃいけない。
そりゃ、強くもなるよね……なんて、思ったりします(笑)
私も完全に理解できたわけではありませんが、「こういう人間関係の形もあるんだな」と知ったことで、前ほど振り回されなくなった気がします。
たまにはそんな濃い人間関係にどっぷり浸かってみたり、野性のカンを働かせて、ささっと足早に逃げたり(笑)
それでも、振り返ってみれば、こういう人間関係に戸惑ったことも、韓国で暮らしているからこそできる経験。
大変なこともあるけれど、それも含めて、韓国生活ならではのスパイスになったなと、今は結構楽しんでいます。


