韓国では幼少期に“森体験”へ通う家庭をよく見かけます。
週末になると、子どもたちが森の中で遊んだり、木の実を拾ったり、泥だらけになって過ごしているんですよね。
最初は、「そこまで自然遊びって大事なのかな?」と思っていました。
でも、息子が毎週のように山歩きへ出かける保育園に通うようになってから、少しずつ考えが変わっていったんです。
自然の中にいる子どもたちは、本当によく見て、よく聞いて、よく触っています。
虫の声を聞いたり、葉っぱの違いに気づいたり、石を並べたり。
大人が気づかないような小さなことにも、夢中になっていました。
特に印象的だったのは、繊細で人見知りだった息子が、自然の中では驚くほど生き生きしていたこと。
今回は、そんな山歩きや自然遊びを通して感じた、
について、実体験ベースで書いてみたいと思います。
自然の中では、子どもが“よく感じている”
自然の中へ行くと、子どもって本当によく周りを見ています。
葉っぱの形。
鳥の声。
土の匂い。
風の冷たさ。
大人は気にも留めないようなことを、子どもたちはひとつひとつ感じ取っているんですよね。
息子も山へ行くと、
「この石、きれい!」
「この葉っぱだけ色が違う!」
と、次から次へと発見していました。
自然の中って、“刺激が強い”わけではないのに、五感はすごく使うんです。
テレビやゲームみたいに情報が一気に流れ込んでくる感じではなく、
「自分で見つけにいく刺激」という感じ。
だからこそ、子どもたちも自然と集中して、夢中になっていくのかもしれません。

五感って、こうやって育つのかも
幼少期は、体も脳もどんどん成長していく時期。
その土台になるのが、“五感”だと言われています。
見る。
聞く。
触る。
匂いを感じる。
味わう。
自然の中には、その全部があるんですよね。
たとえば山を歩いているだけでも、
みたいに、たくさんの感覚を使っています。
しかも自然って、“正解”がない。
だから子どもたちは、
「なんで?」
「これ何?」
「触ってみたい!」
と、自分から興味を持ち始めます。
今振り返ると、自然遊びって
「感覚」と「好奇心」を一緒に育てていたのかもしれません。
言葉がなくても、一緒に遊べた
息子はかなり人見知りで、特に小さい頃は、初対面の子どもともなかなか遊べませんでした。
園の中でも、自分から輪に入るのは苦手。
でも不思議なことに、山へ行くと少し違ったんです。
木の枝を集めたり、水の流れを見たり、虫を探したり。
自然の中では、“一緒に何かを見る”ことが多いので、無理に会話をしなくても自然と近くで遊べるんですよね。
山道も、「一緒に歩く」だけで、なんとなく仲間になれる感じがありました。
特に印象的だったのは、体を使う遊びって、言葉が少なくても繋がれるんだな、と感じたこと。
これは、人との距離感に慎重な息子にとって、とても大きかった気がします。
山歩きで、少しずつ変わったこと
毎週のように山歩きを続ける中で、息子にも少しずつ変化が出てきました。
山へ行くことを楽しみにするようになり、
など、“好き”がどんどん増えていったんです。
また、お絵描きにも変化がありました。
以前は単純な色使いだったのに、葉っぱのグラデーションや、空の色の違いを描くようになったり。
絵の中に物語が出てくるようになった時は、
「自然の中で、ちゃんと感じる力が育っているのかも」と驚きました。
もちろん、自然遊びだけですべてが変わるわけではありません。
でも、
そんな経験の積み重ねが、子どもの感性や想像力につながっていた気がします。

山を歩くのだいすき!
鳥や虫を探すのが好きな時期は、小さな双眼鏡もよく使っていました。
「見えた!」だけでかなり盛り上がるんですよね。
「何もない」からこそ、遊びが生まれる
自然の中には、完成された遊具も、おもちゃもありません。
あるのは、
- 木の枝
- 石
- 花
- 水
- 土
そんなシンプルなものばかり。
でも子どもたちは、それだけで本当によく遊ぶんですよね。
枝を剣にしたり、石を並べたり、水の流れを変えてみたり。
大人から見ると何でもないものでも、子どもにとっては全部“遊びの材料”になるようでした。
今って、遊び方まで完成されたものが本当に多い時代です。
でも自然の中では、
「これでどう遊ぼう?」
を、自分で考える余白があります。
だからこそ、子どもたちは自分なりに工夫して、想像しながら遊び始めるのかもしれません。
さいごに|幼少期は、“感覚”を育てる時間
小さい頃の子どもって、本当によく感じています。
風の匂い。
土の感触。
虫の声。
季節の色。
自然の中で遊んでいる姿を見ていると、
「幼少期って、“感覚”を育てる時間なんだな」と感じることが増えました。
もちろん、特別な自然体験をしなくても大丈夫。
近所の公園を歩いたり、落ち葉を拾ったり、それだけでも十分だと思います。
でも時々は、山や森のような“本物の自然”の中へ行ってみると、子どもの見ている世界が少し変わるかもしれません。
実際、息子は山へ行くたびに、本当にいい顔をしていました。
急がせない幼少期って、たくさんの刺激を与えることより、
「ちゃんと感じられる時間」を持つことなのかもしれません。



