「自然の中で遊ぶことって、本当にそんなに大事なの?」
昔は、私もそこまで深く考えていませんでした。
でも、息子が通っていた保育園では、春と秋になると毎週のように山へ出かけます。
最初は正直、
「毎週山歩きって大変そう…」
と思っていたのですが、実際に子どもたちの様子を見ているうちに、自然の中で過ごす時間って、幼少期の子どもにとってすごく大切なのかもしれない、と感じるようになりました。
特に印象的だったのは、山の日になると、登園しぶりだった息子が嬉しそうに準備していたこと。
今回は、そんな保育園での“山歩きの日”を通して感じた、子どもと自然の関わりについて書いてみたいと思います。
山の日だけは、登園しぶりが減った
息子は、小さい頃からかなり慎重なタイプでした。
新しい環境が苦手で、保育園に慣れるまでもかなり時間がかかりました。
週明けは特に登園しぶりが強く、朝から泣いてしまう日も少なくありません。
でも不思議なことに、“山歩きの日”だけは違ったのです。
「今日は山の日?」 「お弁当持っていく?」
と、自分から楽しみにするようになりました。
毎週遠足のように、子どもたちはリュックを背負って山へ向かいます。
韓国は山がとても身近で、ソウルのような都市部でも少し行けば自然がたくさんあります。
保育園の近くにも、バスで30分ほどで行ける山がいくつもあり、春と秋は毎週違う山へ出かけていました。
大人からすると「毎週山!?」と驚くのですが、子どもたちは本当に大好きなんですよね。
雨で中止になると、かなりがっかりしていました(笑)
今振り返ると、息子にとって山歩きは、
「ちゃんと自分が楽しめる時間」
だったのかもしれません。
好きなことや安心できる時間があると、子どもって、苦手なことも少し頑張れたりするんですよね。
だからこそ私は、その後の小学校選びでも、
「この子が安心して過ごせそうか」
をかなり意識するようになりました。
環境によって疲れ方が大きく変わるタイプだったので、“過ごしやすさ”は、わが家にとって大切なポイントだったんです。
子どもは、遊びながらどこまでも歩く
息子がまだ保育園に慣れなかった頃、私も一緒に山歩きへ参加したことがありました。
これが思っていた以上に本格的で…かなり歩きます(笑)
途中でお弁当を食べたり、遊べる場所で休憩したりはするのですが、そこに着くまで普通に30分以上歩き続けます。
しかも子どもたちは、ただ歩くだけじゃないんですよね。
何かを見つけては立ち止まり、遊びながらどんどん進んでいきます。
大人はすぐ「疲れた…」となるのに、子どもたちは本当に元気。
年少さんは最初、リュックが重くて大変そうでしたが、何回か行くうちにどんどん慣れていきました。
こういう“体を使って慣れていく経験”って、幼少期には大切なんだろうなと感じます。

自然の中では、“遊び方”を自分で考える
山の中には、遊具もおもちゃもありません。
でも子どもたちは、それだけでちゃんと遊ぶんですよね。

木の枝を集めたり、落ち葉を並べたり、岩に登ったり。
季節によって山の景色が変わるので、遊び方も毎回違います。
大人から見ると何でもない場所なのに、子どもたちには秘密基地みたいに見えているようでした。
「遊ぶものがない」ではなく、
「自分で遊びを作っていく」
そんな時間だった気がします。
先生たちも、必要以上に遊びを与えることはしません。
危険がない範囲で見守りながら、子どもたち自身が考えるのを待っていました。
今って、完成された遊びや刺激が本当に多いですよね。
でも自然の中では、“暇”がある。
だからこそ、子どもたちは自分で見つけて、考えて、遊び始めるのかもしれません。
だからわが家では、幼少期はできるだけ“刺激を増やしすぎないこと”も意識していました。
テレビとの付き合い方についても、色々試行錯誤していた時期があります。
「虫が苦手」も、少しずつ変わっていく
山へ行くと、当然ながら虫もたくさんいます。
虫が苦手な子もいますし、最初は怖がる子もいます。
でも先生たちは、すぐに「危ない!」「気持ち悪い!」とは言いませんでした。
以前、帽子に毛虫がついていた時も、
「どうしたら安全かな?」 「この虫は何をしているんだろう?」
と、まずは一緒に観察していたのが印象的でした。
無理に好きにさせるわけではないけれど、
「自然の中にいるものを、すぐ否定しない」
という姿勢が、とても自然だったんです。
子どもたちも、怖がりながら少しずつ興味を持つようになっていきました。
自然の中って、綺麗なものだけではありません。
でも、土の匂いや風、虫の声、木の感触みたいなものに触れていると、子どもたちの感覚って、すごく豊かになる気がします。
山歩きの日のお弁当は、とてもシンプル
山の日のお弁当は、意外なくらいシンプルでした。
おにぎりやキンパ、蒸した野菜、果物など、食べやすくて体を動かしやすいものが中心。
おやつも、一般的なスナック菓子ではなく、果物や生野菜だけでした。
最初は驚いたのですが、山でたくさん遊んだあとに食べるおにぎりって、本当に美味しそうなんですよね。
外でたくさん動いて、お腹を空かせて、みんなで食べる。
そんな当たり前の流れが、子どもたちの体を自然に育てている感じがしました。
また、荷物を増やしすぎない工夫も印象的でした。
軽い水筒に、シンプルなお弁当。
食事の時は風呂敷を敷いて食べます。
山の日は荷物も多いので、水筒はなるべく軽いものを使っていました。
わが家は、日本から持ってきた保冷機能のない水筒をずっと使っています。
冷たい水はあまり飲ませたくないので、子どもも基本は常温のお水。
軽くて子どもでも扱いやすいので、山歩きの日に本当に助かっていました。
子どもが自分で水筒を持って、自分で飲む。
そんな小さなことも、幼少期には大事な経験なんですよね。
「全部やってあげる」より、
「自分でできる」を少しずつ増やしていく時期なのかもしれません。
さいごに|幼少期は、“体の土台”を作る時間
山歩きを見ていて感じたのは、幼少期はまず“体の土台”を作る時期なんだろうな、ということでした。
まずはそういう基本があって、その上に色々な学びが積み重なっていく。
もちろん、知育や習い事が悪いわけではありません。
でも小さい頃くらいは、自然の中で遊んだり、体をたくさん使ったりする時間も、同じくらい大切なんじゃないかなと感じています。
わが家では、こうした「自然の中で体を動かす時間」と同じくらい、毎日の生活リズムも大切にしていました。
実際、山の日のあとの息子は、とても満たされた顔をしていました。
自然の中で思いきり遊んで、お腹を空かせて、お弁当を食べる。
そんなシンプルな時間が、子どもにとってはすごく大事だったのかもしれません。
急がせない幼少期って、こういう時間のことなのかな、と今は思っています。








