森林体験で感じたこと|子どもが自分で遊びを見つける時間

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先日、親子で“森の先生”と一緒に山を歩く、幼児向けの森林体験へ参加してきました。

森の中を歩いたり、虫を探したり、木に登ったり。
約2時間、子どもたちは夢中になって遊んでいました。

息子はもともと、保育園でも毎週のように山歩きへ出かけているので、自然の中で遊ぶことには慣れています。

でも今回、こうした自然体験プログラムに参加して改めて感じたのは、

自然の中だと、子どもって本当によく遊ぶ

ということでした。

しかも、“与えられた遊び”ではなく、自分で見つけて、自分で遊び始めるんですよね。

今回は、実際に参加して感じたことや、自然の中で見えてきた子どもの変化についてまとめてみたいと思います。

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自然遊びって何がいいの?

森林体験では、特別なおもちゃはほとんど使いません。

でも子どもたちは、

  • 木の枝
  • 落ち葉
  • 木の実

だけで、本当によく遊ぶんです。

落ち葉を集めたり、枝を組み合わせたり、葉っぱで顔を作ったり。
大人から見ると何でもない山道なのに、子どもたちには全部が遊び場に見えているんですよね。

しかも自然の中には、“完成された遊び”がありません。

だからこそ、
「どうやって遊ぼう?」を、自分で考え始めます。

今って、刺激の強い遊びや、完成されたコンテンツが本当に多いですよね。

でも自然の中には、“何も決められていない時間”があります。

だからこそ、子どもたちは自分で見つけて、考えて、夢中になっていくのかもしれません。

森林体験
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森の中では、五感をたくさん使っている

山を歩いていると、子どもたちは本当によく周りを見ています。

葉っぱの色。
土の匂い。
鳥の声。
木の感触。

息子も、

「この石きれい!」
「この葉っぱだけ色が違う!」

と、次から次へと発見していました。

自然の中って、刺激が強いわけではないのに、五感はすごく使うんですよね。

見る。
聞く。
触る。
匂いを感じる。

しかも、季節によって景色も空気も変わります。

冬の山と春の山って、本当に別の場所みたいなんです。

そんな小さな変化を、子どもたちはちゃんと感じ取っているんだなあと驚かされます。

紅葉で遊ぶ

「教えすぎない」が印象的だった

今回の森林体験で印象的だったのは、先生たちが“教えすぎない”ことでした。

子どもたちは先生のことを“師匠”と呼んでいたのですが(笑)、その先生がとても面白くて。

遊びを提案はするけれど、

  • 無理にやらせない
  • すぐ助けない
  • 正解を教えすぎない

という感じなんです。

たとえば、倒れた木の上を歩く遊び。
最初は怖がっていた子も、他の子を見ながら少しずつ挑戦していました。

途中で諦める子もいるし、何十回も繰り返す子もいる。

親ってつい、
「ほらやってみて!」
「頑張って!」
と言いたくなるんですよね(笑)

でも森の先生も、園の先生たちも、子どもを急かすことをほとんどしません。

危なくない範囲で見守りながら、
“自分でやってみたい”
が出てくるのを待っている感じ。

最初は見ているだけだった子も、
周りの子が楽しそうにしているうちに、少しずつ自分から挑戦し始めるんですよね。

最初は見ているだけだった子も、
周りの子が楽しそうにしているうちに、少しずつ自分から挑戦し始めるんですよね。

「できるようにさせる」というより、
“自分でやってみたくなる”
を大切にしている感じが、とても印象に残っています。

池が氷になった

山道って、想像以上に滑るんですよね。
特に雨上がりの日は、泥だらけになることも多くて。

最初は普通の運動靴で行っていたのですが、すぐドロドロになるので、途中からは防水タイプのトレッキングシューズを履かせるようになりました。

つま先がしっかりガードされていて、多少ぬかるんだ道でも歩きやすそうだったので、山歩きや遠足のときによく履いていました。

子どもは、小さな挑戦を繰り返している

森林体験では、

  • 高い木の上を歩く
  • 飛び降りる
  • 滑りやすい場所を歩く

など、子どもたちが自然と“挑戦”する場面がたくさんありました。
もちろん、危険のない範囲で。

山で遊ぶ森林体験。木の上を歩く子どもたち

でも見ていると、子どもたちって、

「できそう」
「もう一回やりたい」

を繰り返しながら、自分で限界を広げていくんですよね。

特に印象的だったのは、「できた!」の時の顔。

あの達成感って、誰かに評価されるものとは少し違う気がしました。

自然の中では、点数も順位もありません。

でも、

  • 登れた
  • 跳べた
  • 見つけた
  • できた

という小さな成功体験が、子どもの自信につながっている感じがしました。

言葉がなくても、一緒に遊べる

息子はかなり慎重で、人見知りなタイプです。
今でも、初対面の子どもと遊ぶのは苦手。

でも自然の中では、山道を一緒に歩いたり、虫を探したりしているうちに、無理に会話をしなくても自然と近くで遊ぶようになっていたんですよね。

体を使う遊びって、言葉が少なくても繋がれるんだなあと感じます。

葉と木の実で遊ぶ

ちなみに、私自身も初対面の人と話すのはあまり得意ではありません(笑)

でも、こういう自然体験に来る家庭って、どこか似た空気感があるんですよね。

子どもを見守りながら、気づけば自然と会話が始まっていたりして、
親にとっても居心地のいい時間でした。

親のほうが、つい口を出したくなる

今回、先生から言われて印象に残っていることがあります。

それは、

「お母さんたちは、少し離れて見守ってくださいね」

という言葉でした。

危ないと感じたり、服が泥だらけになったりすると、親ってつい止めたくなるんですよね。
(特に韓国のお母さんたちは、かなり先回りして助ける人が多い印象です)

でも先生は、子どもをすぐ助けることをほとんどしませんでした。

まずは自分で考えてみること。
困ったら周りを見たり、他の子のやり方を見てみること。
そして、“自分でやってみたい”という気持ちが出てくるまで待つこと。

そういう時間を、とても大切にしていたんです。

正直、これは子どもより親のほうが修行かもしれません(笑)

でも少し離れて見ていると、子どもって意外と自分で考えて動いているんですよね。
「できない」と思っていたことも、時間をかけると自分から挑戦し始めたりして。

自然の中では、“教えてもらう”より、
“自分で気づいていく”
場面が本当に多いんだなあと感じました。

歩く時間も、親子の大切な時間だった

わが家は、保育園まで毎日歩いて通っていました。

徒歩15分ほどですが、その道にも、

  • 季節の変化

がたくさんあります。

木の実で遊ぶ

特に息子は言葉がゆっくりだったので、最初は「たくさん会話しよう」と思って歩き始めました。

今日はどんな花が咲いてる?
葉っぱの色変わったね。
雨のあとの匂いするね。

そんな小さな会話をしながら歩いた時間は、今思うとすごく大切だった気がします。

自然遊びって、特別な山へ行かなくてもいいんですよね。

近所を散歩するだけでも、子どもたちはちゃんと自然を感じています。

さいごに|急がせない幼少期

こうしてわが家は、平日は自然の中で過ごす保育園へ通い、週末は森の体験や公園、山歩きをして過ごす幼少期になりました。

でもそのぶん、

季節の変化を感じたり、
虫や花を見つけたり、
泥だらけになって遊んだり。

そんな時間を、たくさん一緒に過ごせた気がします。

自然の中で遊ぶ子どもたちを見ていると、

「子どもって、本当はこうやって遊ぶんだな」

と思うことがよくありました。

何もない場所で、
自分で見つけて、
自分で考えて、
夢中になって遊ぶ。

自然の中では、五感も体も想像力も、全部使っている感じがするんですよね。

もちろん、毎週山へ行かなくても大丈夫。
でも時々は、遊具やおもちゃのない場所へ行ってみると、子どもの違った一面が見えてくるかもしれません。

今振り返ると、あの頃の時間は、息子にとってとても大きなプレゼントになったんじゃないかなと思っています。

急がせない幼少期って、
「ちゃんと感じて、ちゃんと遊ぶ時間」
を持つことなのかもしれません。

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