正直に言うと、私は最初、シュタイナー教育についてほとんど知りませんでした。
息子の保育園を探していた時、「少人数で自然遊びを大切にしている園があるよ」と聞き、見学へ行ったのが始まりです。
私は、ごく普通の親です。
教育熱心なタイプでもなく、「安心して通えて、のびのび過ごせる場所がいいな」くらいの気持ち。
でも実際に園へ行ってみると、そこは今まで見てきた保育園とはかなり違っていました。
教室にはキャラクターのおもちゃやカラフルな教材はほとんどなく、木のおもちゃや布ばかり。
壁にも、ひらがな表や数字のポスターはありません。
毎日たっぷり外で遊び、季節の手仕事をして、ごはんを食べて、静かな時間を過ごす。
最初は正直、
「え、勉強しなくて大丈夫なのかな?」
「ちょっと独特かも…?」
と思いました(笑)
シュタイナー教育って宗教っぽい?
シュタイナー教育というと、
「宗教っぽい?」
「スピリチュアル?」
「ちょっと特殊そう…」
そんなイメージを持つ人も多いと思います。
私も最初は、正直ちょっと身構えていました(笑)
実際、調べると“精神世界”っぽい話や独特な考え方も出てくるので、「なんだか難しそう…」と感じる人がいるのも分かります。
でも少なくとも、わが家の園では、特定の宗教の話をされたり、勧誘のようなものがあったことは一度もありませんでした。
食事の前に感謝のお祈りはありましたが、感覚としては「いただきます」に近い感じ。
“自然や食べ物への感謝”みたいな空気でした。
ただ、一般的な保育園とはかなり違います。
文字や計算を急がせず、毎日よく歩いて、よく遊んで、生活そのものを大切にする。
今の時代、むしろこの“普通さ”が珍しいのかもしれません。
でも私にとっては、「特別な教育」というより、どこか昔ながらの子育てに近い感覚でした。
韓国ではかなり少数派の教育
韓国は、日本以上に教育熱心な家庭が多く、幼稚園の頃から英語や知育を取り入れている園がほとんどです。
実は息子も、シュタイナー園へ通う前に、3ヵ月ほど一般的な幼稚園へ通っていた時期があります。
そこでは、外部の先生が来て英語や文字を教えたり、先生がマイクを使って子どもたちをまとめたりしていました。
もちろん、そういうテンポの良い活動を楽しめる子もたくさんいると思います。
でも当時かなり繊細だった息子は、その空気に少し圧倒されてしまっていたんですよね。
一方、シュタイナー園は驚くほど静かでした。
毎日よく歩き、よく遊び、生活の流れを大切にする。
最初は「こんなに何もしなくて大丈夫なのかな?」と思うくらい(笑)
でも息子には、その静かな空気のほうが合っていたようでした。
遠くから通う家庭も多かった
韓国では、こういう“森の幼稚園”のような園はかなり少数派です。
実際、園には遠くから通ってくる家庭も多く、かなり時間をかけて通園している人もいました。
保護者も、いわゆる“自然派”ばかりという感じではなく、学校の先生をしている方も多く、落ち着いた雰囲気の人が多かった印象です。
教育への関心は高い。
でも、「早くできるようにする」より、
小さい頃はたくさん遊ぶこと
自由な時間を持つこと
生活の土台を整えること
を大切にしている人が多かった気がします。
今は早期教育をする家庭も多い中で、あえてこういう園を選ぶのは、「幼少期に何を育てたいか」を真剣に考えているからなのかもしれません。
小学校から先は“覚悟”が必要
シュタイナー教育は、保育園だけでなく、小学校から高校までオルタナティブスクールとして続いています。
ただ、学校の数はかなり少なく、学費も高め。
しかも小学校からは、教科書や学び方も一般校とはかなり違ってきます。
だから、「なんとなく良さそう」で選ぶというより、“この教育方針で育てていく”と覚悟を決めた家庭が進学していく印象でした。
実際、息子の園でも、毎年シュタイナー小学校へ進むのは1家庭いるかどうか、くらい。
多くの家庭は、小学校からは公立校へ進学していました。
わが家も、「絶対シュタイナー教育で育てたい!」と強く決めていたわけではありません。
正直、入園前は「もし合わなかったら転園すればいいか」くらいの気持ちもありました。
保育園の時期なら、もし違うと思えばやり直しもできます。
だからまずは、息子に合うかどうかを見てみよう、という感じでした。
結果的には、静かな環境の中で、よく遊び、よく眠り、落ち着いて過ごしていたので、わが家には合っていたんだと思います。
園が大切にしていた“暮らし”
園児たちは、本当によく遊んでいました。
大人から見ると、「何をしてるんだろう?」と思うくらい、木の枝や石でずっと遊んでいたり(笑)
園でも、完成されたおもちゃより、“どう遊ぶかを自分で考えられるもの”が多かった気がします。

わが家では、園でも使っていたナチュラルアーチを長く使っていますが、年齢によって遊び方が変わるのも面白いんですよね。
小さい頃は積み木のように並べて遊び、今は道路や基地みたいに使っています。
「これでこう遊ぶ」と決まっていないおもちゃって、長く遊ぶんだなあと感じています。
また、園では、読み書きや計算を急がせることはありませんでした。
その代わりに大切にしていたのは、
外遊び
生活リズム
季節の手仕事
手や体を使うこと
でした。
毎週のように山へ行き、泥だらけで遊び、木の実を拾う。
編み物や粘土遊びをしながら、手や指をたくさん使う。
先生たちも、子どもを急かしたり、「早くできるように」と教え込む感じではありません。
まずは自分でやってみること。
失敗しても大丈夫なこと。
生活の中で少しずつ覚えていくこと。
そんな空気がありました。
今振り返ると、あの頃は“勉強の準備”というより、“生きる土台”を育てていた時間だった気がします。
親の関わりもかなり深い
そして実際に入ってみて驚いたのは、親の関わりの多さでした。
行事の準備を手伝ったり、一緒に環境を整えたり。
どちらかというと、“園に預ける”というより、「一緒に育てる」感覚に近かったです。
先生たちは、「子どもに教える」より、“大人が手本になること”をとても大切にしていました。
だから親も、
丁寧に暮らすこと
落ち着いて話すこと
自分の生活を整えること
を自然と意識するようになります。
親向けの勉強会も多く、時にはドイツから先生が来ることもありました。
最初は驚きましたが、「子どもだけ教育する」のではなく、“大人自身も学び続ける”という考え方なんだな、と感じました。
正直、大変な部分もあった
正直、普通の保育園より親の負担はかなり大きかったと思います(笑)
だから、「誰にでもおすすめ!」という感じではありません。
でもそのぶん、“子どもをどう育てたいか”を真剣に考えている家庭が多かった気がします。
費用も私立並み。
給食もオーガニック中心で、調理師さんが手作りしていて、食へのこだわりも強めでした。
テレビやスマホへの考え方も独特です。
だから、「気軽に通える普通の保育園」とはかなり違うと思います。
小学校に入って感じたこと
もちろん、シュタイナー教育が“正解”だとは思っていません。
実際、小学校へ入れば読み書きも必要になります。
息子も、入学前は文字がほとんど読めませんでした(笑)
最初は周りよりゆっくりだったし、黒板を書くのも大変そうでした。
でも、少しずつちゃんと追いついていきました。
それよりも私は、
先生の話を聞けること。
疲れても学校へ行けること。
失敗しても「またやる」と思えること。
そういう部分が、幼少期の暮らしの中で育っていたんじゃないかなと感じています。
さいごに|“急がせない幼少期”という選択
今は、小さい頃から英語や習い事、先取り学習をする子も増えています。
もちろん、それが合っている子もいると思います。
でも幼少期って本来、
たくさん遊んで、
体を動かして、
五感を使って、
安心できる大人と過ごす時間
でもあるんですよね。
シュタイナー教育を通して私が感じたのは、「幼少期を急がせない」という考え方でした。
文字を早く覚えることより、まずはその子自身の土台を育てること。
それは特別な教育というより、“暮らし”に近かった気がしています。
もし今、
「ちょっと変わってる?」
「勉強しなくて大丈夫?」
「実際どうなの?」
と気になっている方がいたら、こんな幼少期もあるんだな、とひとつの選択肢として読んでもらえたら嬉しいです。







